われわれは双極性障害団体として、今回の改正道路交通法に異議を申し立てるものである。その理由は以下の通りである。

今回の改正によると、双極性障害と診断されている者は、その事と病状などを偽りなく申請しなくてはならなく、それを怠った時には罰則が適応される。さらに、医師は、われわれの承諾なしに公安委員会にわれわれの病状等を報告することができるとされている。このように、障がい者の尊厳を踏みにじる法律には違憲の可能性がある。個人の尊厳は、法律よりも上位にある日本国憲法第13条によって守られているはずだからである。

また、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成十七年十一月七日法律第百二十三号)第一条によれば、「この法律は、…(中略)…障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする」とされている。

1900年の精神病者監護法から始まった我が国の精神保健に関する法律は、その後、精神病院法(1919年)、精神衛生法(1950年)、精神保健法(1987年)と引き継がれ、現在の精神保健福祉法(1995年)へと改正を重ねた。このように、およそ100年に及ぶ法律改正の歴史において、精神障がい者の人権が、未だ不十分ではあるものの認められるようになってきたのである。

今回の改正のきっかけになった栃木県鹿沼市のクレーン車暴走事故の犠牲者の方々には心よりご冥福をお祈りすると同時に、遺族の方々に対しても、心よりお悔やみを申し上げたい。

この事件が被害者のみならず、社会に与えた影響の大きさもよく理解できる。しかし、今回の改正は、それを理性的に反映しているとは考えられない。なぜならば、この事件は服薬を怠っていたてんかん患者が起こした事件であり、これは飲酒運転が禁じられていることを知りながら飲酒後に運転して事故を起こした事例と同類のものである。つまり日本人のほとんどは飲酒するわけだが、その人たちは飲酒していなければ運転能力を欠如していないのと同様にてんかん患者も適切に治療を受けていれば運転能力を欠如していないのである。

しかも、双極性障害は意識障害を伴う疾患ではなく、治療薬も運転能力を著しく低下させるものではない。双極性障害を持つものが、栃木県鹿沼市のクレーン車暴走事故と同様の事故を起こすことは極めて低い。ほとんどの精神科医が属する日本精神神経学会や多くのうつ病や双極性障害の治療に携わる医師などの医療従事者が所属する日本うつ病学会の代表者が今回の法案が成立する前に科学的な根拠を挙げて反対したにもかかわらず、その内容が全く無視されたまま法案が成立したということは、この法案の非科学性を裏付けるものではないだろうか。

われわれ双極性障害者は、日々周囲の人たちや社会からのスティグマに悩まされている。今回の道路交通法改正は、まさにスティグマそのものであり、100万人にも及ぶと言われる日本の双極性障害患者を、失望の淵に陥れるものである。また、これまで社会のスティグマに対して活動を続けてきたわれわれをはじめとするNPO団体、患者会、日本精神神経学会や日本うつ病学会をはじめとする専門家の努力を踏みにじる行為でもある。

したがって、科学的根拠に乏しく個人の尊厳をも踏みにじる今回の改正に対し、一刻も早い撤回がなされることを望むものである。(以上)