以下の日程・場所で平成24年度ノーチラス会講演会が開催されました。
講師として、内海健先生、加藤忠史先生、鈴木映二先生、山脇成人先生(順不同)をお迎えしました。

・日程:平成25年1月5日(土)
・場所:きゅりあん小ホール(最寄り駅:JR 東急大井町線 りんかい線 大井町駅)

各先生の講演内容(事前にお配りしたサマリ)は以下の通りです。

双極性障害研究の最前線 加藤忠史

この1年で、双極性障害に関して最も進展した研究領域は、ゲノム研究でしょう。CACNA1CおよびODZ4という遺伝子との関連が報告され、その後も新しい関連遺伝子の発見が続いています。

また、両親が持っていない、新たなに生じたゲノム変異(デノボ変異)が、家族歴のない自閉症や統合失調症の患者さんで、かなりの割合で見つかることが報告されたことは大変な驚きでした。こうした変異には、点変異(ゲノムDNAの1文字にミスが生じる場合)、コピー数変異(ゲノムの大きな領域が失われたりする場合)などがありますが、双極性障害でも、小児発症例では、デノボのコピー数変異が多いと報告されています。

こうしたゲノム研究によって、まれではあっても、双極性障害の原因となりうる要因を発見すれば、これを元に、動物モデルを作り、診断法や治療法の開発を進めることができます。

こうした研究はまだまだ途上で、結果をお示しできる段階にはありませんが、当日は、現在どのような方向に研究を進めようとしているか、お話したいと思います。

 

双極性障害の新しい治療薬

 

国際医療福祉大学熱海病院・北里大学医学部

鈴木映二

 

ここ数年の間に、双極性障害に対する薬の治療に新たな選択肢が加わりました。このことは当事者の皆様には大変な吉報と言えます。しかし、車が社会にこの上ない便利さをもたらしたと共に交通事故の悲劇を産みだしてきたように、新たな薬は新たな危険性もはらんでいることは否めません。是非皆様には、有効な薬を安全に使い、今後の治療にお役立ていただきたいと思います。

まず、新しい薬の効果についてお話します。ラミクタールは双極性障害の急性期には効果が期待できませんが、再発予防に効果が期待できます。ジプレキサは急性期の症状(うつ病にも躁病にも)に効果が期待できます。しかも、従来躁状態に対して最もよく使われていたセレネース(一般名ハロペリドール)よりも優れ、しかも副作用が少ないと言われています。エビリファイは、双極性障害の躁状態に対して効果が認められています。その効果はリーマスと同等と考えられています。また、エビリファイはセレネースと比べて海外では再発予防効果がある事が示されています。日本ではまだ維持療法に使うことはできませんが、今後臨床試験が進めば、再発予防に有効な手段となるかもしれません。

次に新しい薬の使い方についてお話します。まず、ラミクタールは併用する薬の影響を受けやすい薬なので注意が必要です。特に以前から双極性障害の薬として汎用されてきたデパケン(一般名バルプロ酸)と併用すると血中濃度が2~3倍以上に上昇します。ジプレキサは、躁症状に対して通常10㎎/日より開始し、年齢や状態を見ながら適宜20㎎/日まで増量が可能です。うつ症状に関しては通常5㎎/日より開始し、様子を見ながら10 ㎎/日に、場合によっては20㎎/日まで増量が可能です。エビリファイは躁症状にたいして開始用量が24㎎/日で年齢、症状により30㎎/日まで増量可能とされています。しかし私個人の経験では、躁状態があまりひどくない場合は6㎎/日で十分効く人もいるように考えています。

次に副作用についてお話します。重篤な副作用は出現頻度は低いものの注意が必要です。ジプレキサとエビリファイの場合は、糖尿病(ジプレキサ>エビリファイ)に注意が必要です。もともと糖尿病の人は、ジプレキサを服用することはできません。糖尿病の人は医師に明確に伝えてください。また、ジプレキサとエビリファイには悪性症候群と言う副作用に注意が必要です。初期症状は高熱、汗、ぼやっとする、手足が震える、身体のこわばり、話しづらい、よだれ、飲み込みにくい、脈が速くなる、呼吸数が増える、血圧が上昇するなどです。これらの症状が出たら速やかに医師か薬剤師に連絡してください。クリニックに通院している患者さんは、緊急の場合にどうしたらよいか主治医とよく相談しておいてください。この副作用は服薬開始1週間以内に発症することが多いですが、薬の量を増やした時や脱水などに伴って発症することもあります。また、ジプレキサとエビリファイには不随意運動という副作用が起きることがあります。手足などの筋肉が自分の意志と違った運動をします。震え、こわばりなどが多いです。ジプレキサとエビリファイには、このほかに肝機能障害や白血球減少などの副作用があります。また、便秘や大量飲水の副作用が起きることがあります。ジプレキサとエビリファイには、体重増加という副作用もあります。ラミクタールは皮疹の副作用がおよそ10人に1人の割合で起きます。重篤になると皮膚粘膜眼症候群(ひふねんまくがんしょうこうぐん)に至ることもあります。

次に薬をより安全に使うためのお話をします。まず、タバコとお酒は基本的には避けていただきたいと思います。タバコやアルコールは薬の効果を減弱し、薬の副作用を増強します。カフェインも気分をぎくしゃくし睡眠を障害します。加えて、薬の代謝を遅らせますので注意が必要です。ラミクタールは肝臓や腎臓の機能が落ちている方は効果が増強されます。ジプレキサは女性の方が男性より代謝が遅れるので薬が効きやすくなります。

薬は複数同時に服用するとお互いの効き方に影響が出ます。これは避けられない事ですが、神経質になりすぎることもよくありません。大切なことは、服用している薬を正確に医師に伝えることです。

薬は、必ず胎盤や母乳を介して児に移動します。それが許容範囲なのか危険な範囲なのかを科学的に判断することは大変難しいです。ほとんどの薬の注意書きには服薬中に授乳させないことと書いてありますが、もし妊娠や授乳を希望されるのであれば、可能かどうか主治医とよく相談してください。

足早の講演となりましたが、お聞きになってわからないことは何でもご質問ください。ただし、個々人の詳しいことに関してはお答えしかねることもありますので、その点は、主治医の先生と話し合っていただきたいと思います。また、ノーチラス会員の方は後ほどでも、事務局まで電子メールあるいはお手紙を頂ければ、私が会報で連載しております「薬の相談箱」の中でなるべく早くお返事いたします。

最後になりましたが、皆様が少しでも安定して生活ができますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

精神療法と脳科学

広島大学大学院精神神経医科学

文科省脳プロうつ病領域研究拠点長

山脇成人

 

うつ病、双極性障害をはじめ、多くの精神疾患の治療として、古くから精神療法が用いられている。精神療法としては、一般的にカウンセリングと呼ばれている支持的精神療法のほか、精神分析療法、家族療法、遊戯療法、さらには最近注目されている認知行動療法などがあり、精神疾患の治療に大きく貢献している。また、健常人においても、ストレスが負荷され辛いとき、何かに失敗して悩んでいるときに、友達や家族に寄り添ってもらって、共感的な態度と温かい言葉で気持ちが楽になることはよく経験される。

しかしながら、精神療法がどのようにして効果を発揮するのかについては心理学的理解や解釈については多くの研究が積み重ねられ、いくつかの理論が提唱されているが、科学的根拠という観点からみるとまだまだ不十分である。

近年の脳科学研究においては、MRIという脳画像解析装置の進歩によって、脳の微細構造が可視化されるようになった。中でも、快・不快を生じさせる写真や言葉をMRI装置のモニターに呈示して、脳の活動がどのように変化するかを解析する機能的MRI(fMRI)という脳画像解析が可能となり、情動刺激に対する脳活動の変化が測定できるようになってきた。

本講演では、MRI内のモニター上の2名のプレーヤーと被験者が3名でキャッチボールを行う課題で、途中から仲間はずれにされる課題を用いて、まず仲間はずれにされた時の脳活動を測定し、その後に「仲間はずれになっていやですね」とか「あなたの気持ちはよくわかります」などの共感的メッセージが提示されるときの脳活動を比較することで、支持的精神療法による脳活動の変化を解析した結果を報告する。また、人物評価に関するポジティブ、ネガティブの言葉を用いて、例えば「あなたは明るいですか」「あなたはいやみなタイプですか」という質問をモニターに提示して、「はい」「いいえ」で答える時の自己に対するポジティブ、ネガティブの評価に関する脳活動をうつ病患者さんで測定し、認知行動療法前後で比較することにより、認知行動療法が脳のどこに作用しているかなどの研究を紹介し、脳科学から見た精神療法に関する最新の研究成果を紹介する。

 

双極性障害の精神療法について

東京藝術大学保健管理センター

内海 健

 

あらたまって「精神療法」というと、何か特別な治療法のようなものをイメージする方も多いかもしれません。しかし私が考える精神療法とは、普段の診療のいたるところに含まれているものです。

一昔前には「ムンテラ」という業界用語のようなものが、医師の間では流通していました。これは口(ムント)によって行う治療(テラピー)という意味です。たとえば、温かく時には厳しい励ましや、強い保証(「心配ない!」、「だいじょうぶ!」)などのようなものです。悪く言えば、口先だけのもの、あるいはごまかしのようなものと受け取られるかもしれません。しかし、実際には軽い心身の不調などに対しては、こうしたムンテラが有効であったのもまた事実です。

もちろん、精神科の場合には、ムンテラよりももっと専門性が求められます。しかもこのような権威のようなものをバックにした技法は時代遅れというべきでしょう。しかしムンテラがすたれたのは、医療現場がかつてもっていた癒しの機能を失いつつあることを示しているように思います。

そして精神科でその最も大きな影響をこうむるのが、うつ病や双極性障害の方かもしれません。うつ病の方の場合には、権威にそれとなく依存することにより、また双極性障害の方は、権威に対して、それを信じる力と批判する力を協働させて、回復へ向っていかれたように思います。

うつ病や双極性障害は、元来予後のよい病といわれてきました。もちろんそれは病の本来の性質によるところが大きいのですが、同時に、他の精神科の病気に比べて、医療と相性がよかったことも、おおいにあずかっていたものと思います。

現在では、薬物療法とともに、広い意味での精神療法が、より積極的に求められる状況にあります。今回のお話では、双極性障害の治療にあたっての、精神療法的なポイントのいくつかについてお話ししてみたいと思います。